昭和25年頃の盛岡市の古地図からの切り取り。

確かに富士見橋の近くに「磧町」とある。

富士見橋の南側のたもとで北に向かって右が磧町。


それで、1990年(平成2年)のゼンリンの盛岡市住宅地図で富士見橋付近を見るとそこは加賀野一丁目にあたる。

その辺りを細かくよく見ていたら「一丁目」と字が重なっているが、加賀野一丁目1−29に「南部鉄器販売(株)」を発見!

それじゃ、ということで「南部鉄器販売」で検索する。


「南部鉄器販売(株)虎山工房」盛岡市繋字尾入野64-12 盛岡手づくり村内がヒット。


そうか!「正圓堂本店鉄工所」から 社名が1990年にはすでに 「南部鉄器販売(株)」になっていて、それが「手作り村」に引っ越した、ということかな。

ちなみに手づくり村は1986年5月(昭和61年)に創設された。


ところでこの鉄瓶の模様がオークションではあまり多くはなかった。

それでもその名前が判明。

「亀甲星霰地紋」(きっこうほしあられじもんと読むのかな)とういことらしい。

それで、その地点をGoogle Earthで確認する。


石川啄木が新婚時代に住んだ場所は、いま「啄木荘」という賃貸マンションになっている。

そこは、1−25なので、鉄工所は1−29でその場所の左隣4区画目が探していた 正圓堂本店鉄工所 跡地になると考えられる。

現在は更地というか駐車場スペースのように見える。

その名前で検索すると南部薫山と刻印された鉄瓶を見つけた。

そういえば「手づくり村」内の虎山工房のすぐ近くに薫山(くんざん)工房がある。

どうやらこちらのほうがこの正圓堂鉄瓶に関係がありそうな気がする。


・・・そういえば、この栞の一番最初に「特約店」とある。


特約店とは代理店ともいうので、もしかしたら今でいうOEM。

薫山作、正圓堂印の鉄瓶かなぁ。

薫山作とするこんな鉄瓶の画像も見つけた。

つるの二箇所の装飾が違うが今回の正圓堂のものにそっくり。

現在も作られているのかな?